日本の90年代、「失われた10年」と言われた。
この時代を境にして、様々な点において、日本人が今まで行ってきた行動パターンの安定性(安全性)が根底から揺らいだ。
これらの不安は、経済面だけでなく、安全保障面、治安面、社会制度面等、あらゆる場面で見られているのだ。
そして、そこから来る不安は、小泉改革を経た現在まで続いている。
いや、現代の不安はさらに大きくなっていると言うべきかも知れない。
それまでは、普通の人が普通に生活していけば、一生、安泰に暮らせたのがそうでない時代が来てしまったということだ。
さて、こんな時代の人々の心情を最も表現しえてスーパースターの座に上り詰めたのがMr.Childrenである。
ソングライターの桜井和寿は、多くの楽曲で、こんな不安な時代の生き方を”旅”に例える。
誰もが胸の奥に秘めた迷いの中で
手にしたぬくもりをそれぞれに抱きしめて
新たなる道を行く
(「CROSS ROAD」 1993)
僕は僕のままでゆずれぬ夢を抱えて
どこまでも歩き続けていくよ いいだろう?Mr.myself
(innocent world 1994)
心のまま僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ
(Tomorrow never knows 1994)
長いレールの上を歩む旅路だ
風に吹かれてバランスとりながら
“答え”なんてどこにも見当たらないけど
それでいいさ 流れるまま進もう
([es]~Theme of es~ 1995)
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅
(終わりなき旅 1998)
どちらに転んだとしても それはやはり僕だろう
このスニーカーのヒモを結んだなら さぁ行こう
(優しい歌 2001)
旅立ちの唄
さぁどこへ行こう?またどこかで出会えるね
(旅立ちの唄 2007)
しかし、これらの”旅”は、僕には孤独で薄ら寒いもののように思える。
それは、先の見えない、しかも、終わりがあるかどうかもわからない旅なのだ。
不安を抱えながら、社会という化物によって、旅立たざるを得ない状況に追い込まれている現代の僕たち。
頼れるのは、自分しかいない。
しかし、その自分も、不安に満ちた、頼りない子供のようだ。
彼らが自分達のバンド名に選んだMr.Children。
彼らが意識しているかどうかは知らないけど、社会から、無理矢理に大人としての(Mr.)を冠された子供たち(Children)という名前は、彼らの作品の基本テーマそのものである。
まさむね
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